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福岡高等裁判所 昭和26年(う)3598号 判決

控訴人 被告人 安藤宏 河野重吉

検察官 白土八郎関与

主文

原判決を破棄する。

被告人らはいずれも無罪。

理由

被告人安藤宏のための弁護人古賀野茂見、並びに被告人河野重吉のための弁護人小山清彦の各控訴趣意は、いずれもその提出にかかる控訴趣意書記載のとおりであるから、これを全部ここに引用する。

右に対する判断。

弁護人小山清彦の控訴趣意第二点(法律適用の誤)について原判決が、被告人両名にかかる犯罪事実として、被告人河野重吉は、長崎市選挙管理委員会の職員、被告人安藤宏は、昭和二六年四月二三日施行された長崎市会議員選挙に立候補した吉田繁の選挙運動者であるが、被告人両名は共謀の上、右吉田繁に当選を得しめる目的をもつて、昭和二六年四月一二、三日頃長崎市古町吉田繁選挙事務所において、選挙事務長佐々野末雄に対し、「該選挙の投票用紙を入手することができる。これにあらかじめ候補者の氏名を記入して投票をすれば開票の際自分らが他の候補者の票とすり替えることできるから、右投票用紙を買わぬか。」と申入れ、もつて、右行為の報酬の趣旨で、金三万円の供与方を要求したものである旨の事実を認定し、これを公職選挙法第二二一条第一項第四号の選挙運動に対する報酬として財産上の利益の供与方を要求する罪に問擬していることは、所論のとおりであり、本件公訴もまた、原判示に該当する事実をその対象としていることは、起訴状に公訴事実として、被告人両名は共謀の上、……中略……選挙事務長佐々野末雄に対し、右選挙の投票用紙三百枚を一枚三百円で買えるが、同投票用紙を買わぬかと申入れて、右用紙売買数相当額の金員の供与方を要求したものである旨の事実を掲げ、罰条として、公職選挙法第二二一条第一項第四号を表示しているのに徴して明らかである。

ところで、公職選挙法第二二一条第一項第一号には「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与、その供与の申込若しくは約束をし又は饗応接待、その申込若しくは約束をしたとき。」と規定し、同項第四号には「第一号若しくは前号の供与、饗応接待を受け若しくは要求し、第一号若しくは前号の申込を承諾し又は第二号の誘導に応じ若しくはこれを促したとき。」と規定してあり選挙人又は運挙運動者において、当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて供与される金銭物品等の利益の供与方を要求する行為が、右の規定に該当することはもとより明白であるが、同規定の趣旨は、投票若しくは選挙運動が、若し、金銭物品等の利益にからまりその利益との対価関係において行われることが一般に是認せられるにおいては、選挙の自由公正を害する虞れが大きいところから、選挙の自由公正を保持する方法の一つとして、投票若しくは選挙運動に対する対価たる利益の授受並びにこれに関連する一連の行為を禁止する趣旨であると解すべきであるから、選挙人又は選挙運動者に対して供与せられる利益であつて同規定の適用があるのは、投票又は選挙運動に対する対価たる性質を有するもののみに限られ、その利益にして若し投票又は選挙運動に対する対価たる意義を有しない場合においては、たとえ、これが供与を受け又はその供与方を要求する者が、たまたま選挙人又は選挙運動者である場合においても、同規定の適用を受くべき限りではないと解すべきである。そして凡そ、選挙運動とは、特定の議員候補者のために当選を斡旋する行動一般を指称し、必ずしも、その適法なもののみに限られないこと、もとより当然ではあるが右にいう、当選を斡旋する行動とは、選挙における競争の相手方を辞退せしめる方法による場合を除いては、すべて選挙人の有効な投票を通じて特定候補者の当選に資する結果が期待せられる性質を有する行動をいうものであつて、たとえ、特定候補者の当選に資する結果が期待せられる行動であつても、究極において、選挙人の投票と何ら関連するところなく、結果が選挙人の投票を通じてあらわれるのでない場合においては、これを目して選挙運動とはいゝ難い。

今、本件についてこれを見るのに、被告人らの企図するところは、議員候補者吉田繁の当選に資するため、あらかじめ投票用紙をひそかに入手し、これに同候補者の氏名を記入して準備しておき、開票の際他の候補者に投ぜられた票とすり替えるという趣旨であるから、これは結局、選挙人の真意に副わない虚偽の投票の結果を作出するものであつて、投票の偽造にほかならず、このような投票偽造の企図は、仮りにそれが現に実行されて同候補者の当選に資する結果が発現されたとしても、そのことは選挙人の投票とは何ら関連するところなく当該選挙の結果が選挙人の投票を通じてあらわれるのでない場合であるからこれを目して選挙運動ということはできない。従つて被告人らにおいてこれに対する対価として金員の供与方を要求したとしても、選挙運動に対する対価として金員の供与方を要求したものに該当せず、公職選挙法第二二一条第一項第四号の適用を受くべき限りではないと解すべきである。

本件公訴にかかる被告人らの原判示所為は、公職選挙法第二二一条第一項第四号所定の罪を構成せず、他にこれを処罰すべき規定がないので、無罪の言渡をすべきであるのに、原判決が右の罰条を適用処断したのは、法令の適用に誤があり、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである場合にあたるものと認められ、この点に関する論旨は理由があり、原判決は破棄を免かれない。そして右破棄の理由は、控訴をした共同被告人安藤宏にも共通であるので、原判決は、同被告人の関係においても破棄を免かれない。

よつて、刑訴第三九七条第三八〇条第四〇一条により、原判決を破棄し、刑訴第四〇〇条但し書に従い、本件について更に判決する。

被告人両名に対する本件公訴事実は、公職選挙法第二二一条第一項第四号所定の罪を構成せず、他にこれを処罰すべき規定がないこと、前段説明のとおりであり、結局罪とならないので、本件については、刑訴第四〇四条第三三六条により無罪の言渡をすべきものとする。

以上の理由により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 筒井義彦 裁判官 柳原幸雄 裁判官 岡林次郎)

(控訴趣意は省略する。)

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